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国歌斉唱を教員に強制することについて、どのようにお考えですか?

どうしても嫌ならば、他の職場を探せばいいという意見もあります。条例まで作って「強制」することはナンセンスだという意見もあります。

みなさんの意見を聞かせてください。

NO.13   masami 2012/03/29 20:57:58 合計 0pt.

私は、小学校の音楽で、とても美しい声の先生に、丁寧に歌い方を指導されました。その時の先生の美しく響く声の記憶と共に、君が代のメロディーがあります。ただ、美しさへの感覚は個人的なものですから、すべての人が、君が代を美しい歌と感じるとは思っていません。また、第二次世界大戦中の教育を受け、死んでいった人のことを思うと、歌えない、という人の気持ちも理解できます。もうそのような体験を持つ人は、とても少ないとは思いますが…。

NO.1    rachan さんの
「生徒のための式なのに、何か雰囲気を壊すような気がして気がひけるので、起立しないという選択はしません。」
を読んで、卒業式を迎える生徒の言葉を思いだしました。
「ぼくたちの卒業式なのに、もめないでほしい…。」
彼の学校では、先生たちが卒業式の国歌斉唱、起立のことでもめていたようでした。

この問題で疑問に思うのは、国歌を歌う機会は他にもたくさんあるのに、なぜ、卒業式だけ、このように強制、ペナルティという極端な問題になるのか、なぜ、他の場合は問題にならないのか?という点です。
NO.8rachanさんの
「また、今回の問題は、君が代の起立斉唱の問題に止まらず、それが公務員にルールを遵守させることの試金石になっているのだと感じました。」
は、私の疑問への答えの一つかな、と感じました。
本当に国歌そのものが根本的な問題なら、スポーツの祭典等、他の場で歌われるときも、問題になると思います。
また、愛国心を育てるため、という理由をどれだけの人が納得するかな、と思います。
国歌にそのような力があるとしても、強制、ペナルティを課す理由を私はそこには見出すことができません。
また、学校で愛国心を育てる方法はほかにも考えられるのに、なぜ、わざわざこの“卒業式”の国歌斉唱だけをあえて取り上げるのでしょうか?

日本を愛する、というとき、何を思い描くか人によって異なると思います。
私は、日本の自然や、私が想像できる限りの日本人の生き方を思い浮かべます。
それらを守るために、愛国心があるからこそ、決められた制度や方針に反対することもありうるし、それを許容することができる国が、より良い制度を作り、成熟していく可能性に開かれていると感じます。

また、日本の学校にいるのは、日本人だけ、という状況ではなくなってきています。
国歌を大切に思うなら、卒業式に在籍している他国の国歌も歌おうではないか、と考えることもできると思います。
ちなみに私は、お相撲で外国の力士が優勝したら、その国の国歌も流してもいいのでは?と思っています。
愛しなさい、と強制されて、素直に愛せるほど、人間の心は単純ではないように、強制されて、愛国心が育つとは思えません。

卒業式で国歌を歌うことに反対ではないけれど、強制して、ペナルティを課すことには反対です。
国歌に特別な重みがあるから歌うことを強制する条例には、歌に特別な意味があることを認めつつ、その意味を軽視しているという矛盾を感じます。

卒業式の国歌斉唱については、現場の先生、生徒たちが、各学校で決めればいいと思います。
そこで問題が起これば、その問題と先生方が真摯に向き合うことが、教育の真の姿のように思います。

子ども達は、学校で愛国心ではなく、学校や友達を愛する気持ちを抱いて卒業していくように思います。
卒業式は、その気持ちに沿ったものであってほしいと思います。