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嫌いな人は、なぜ気になるのか

僕はよくツイッターで絡まれます。一度も返事をしたことがないのに、ずっと僕のツイートを追いかけて、反論や難癖を送りつけてくる方がいる。以前は傷ついたりもしていましたが、最近は、「この人たちは僕のファンなんだ」と思っています。

僕自身の若い頃のことを振り返っても、突っかかっていく相手というのは、気になる存在だった気がします。自分が出来ないことをやっているとか、自分が持ちたかったものを持っているとか。

近隣諸国との関係も同じかたちだと思います。中国や韓国の悪口を言う人はたくさんいます。けれどもアフリカや中南米の国のことについて、これほど熱心に悪口を言う人はいない。そもそも関心を持つ人が少ない。結局、嫌いという感情を持ったり、攻撃したくなる対象というのは、自分にとって「近い」対象なんだと思います。僕自身は、最近、日本の国をよく批判していますけれども、それは日本の国が自分にとって大事だからです。

みなさんは人生の中で、「この人のことがは嫌いなんだけど、気になって仕方がない」という人に出会ったことがありますか。あるいは反対に、誰かから執拗に攻撃されたことはありますか。好きと嫌いの微妙な関係について、個人レベルでも良いし、国家レベルの話でも良いので、みなさんのお考えを聞かせてください。

NO.9   yamaguti 2012/10/22 22:32:53 合計 19pt.

嫌いな人は、茂木さんの仰るとおり人との距離感を間違えた場合に出会っちゃうと感じています。付き合いを深める過程で相手が自己愛が強い人だと、近づくにつれ崇めることを間接的に強いられるのでしんどくなってきます。価値観が違っても互いに相手を尊重できれば、価値観の差があってもその場では和やかにすごせると思います。皆互いにリスペクトできるところを探して尊重しあえれば良いと思っています。(いつもそうなのですが、前文の、今回はTomoikukaiさんの文章の影響を受けて、同じようなまとめになった気が…します。すいません。)

嫌いでも気になる人って、個人的には、好意が持てる点が有る人、もしくはどこか尊敬できるところが有る人ではないでしょうか。ひっかかりがあるので記憶に残る。でも相容れない点も持ち合わせているので距離感を感じる。基本的には人は社会性の動物ですから、コミュニケーションを取り、その距離感を解消したいがなかなか上手く出来なくてもどかしいので、余計に気になるのではないでしょうか。