「成果主義」について考える
こんばんは。
皆さんの成果主義についての考えを色々読んでいたら
私の思ってた成果主義は生温いものだったかもしれません。
成果主義の最たるものは
体罰問題で揺れた柔道の
オリンピックで金メダルを取れと言うのだと思います。
日本のお家芸である柔道では金メダルしか意味が無いと言ったような
発言を柔道選手がよくテレビで言ってます。
柔道はアマチュアですけど
プロのスポーツの世界は成果主義ですよね。
あと、保険の外交員さんのような営業的な仕事で
基本報酬が低く抑えられていて
売り上げに応じて成功報酬が受け取れるというような仕組みでしょうか。
多く売り上げた人はひと月100万の報酬
全く売れない人はひと月基本法集の15万円だけ。
こんな風に実際の例をあげると
成果主義って厳しいですね。
こういう営業の世界では売り上げがすべてのような
価値感がどうしても幅をきかせるので
結果を出せなければだめと言う烙印が押される感じで
いつも切迫した状態なのかな。
twitterで脱原発を主張している中学生さんに
大人の人が「お前は明日の売り上げの事考えた事あるか」
と聞いているのを見かけて
売り上げが問題となる世界では結果が一番だという
考えが主流なんだろうと思います。
そうすると、成果主義ではないけれど
良い結果を評価することはなんていうでしょうね。
又は、結果はでないけれど
評価できる事ってなんだろうなっていうのも気になります。
金メダルを取った選手の事を考えると
きっとその人の周りには支えてくれる人がたくさんいて
その中に、金メダルはとれないけれど
その選手の練習相手となってひたすら投げられた人とか
家族とか
練習場を掃除してくれる人とか
多くの人が影で支えてくれていると思います。
私アメリカのアカデミー賞の授賞式を見るのが好きです。
受賞した人のスピーチを聞くのがすごく楽しみです。
彼らは家族や支援してくれた人の名前をあげて
感謝します。
私の結論は
成果主義はある程度必要で
しかし、結果がでない事も評価する事が
とても大事なんではないかなと思います。
良い結果が出てそれだけを評価していたら
いつか行き詰まってしまうような気がします。
そんな時、今まで結果が出ないで繰り返してきた
試行錯誤が新しいアイデアをもたらして
次の良い結果を生み出せるような気がします。
成果主義があって人が幸せになれるには
結果が出ない事をどれだけ評価できるか
と言う事を大切にできるかできないかじゃないかなと
思います。