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あなたが本当にやりたかったことは何ですか?

今回は連休も挟むことですし、これまでとは少し違ったお題にします。
GW中にゆっくりとした時間を過ごして、自分の「本当の夢」といいますか、「本当にやりたかったこと」は何だったのか、思い出してみませんか。

僕は20代後半に、バリ島に行って5日位プールサイドに寝転がってご飯食べてまた寝転がって…ということをしたことがあるんです。すると3日目くらいに、もともと自分が人生でやりたかった夢がわぁーっと蘇ってきた。
人間は日々の生活に追われているとだんだん現実的になってきてしまいます。でもバケーションを通じて「そうだ、俺はもともとこういうことがやりたかったんだ」「こんなはずじゃなかったんだ」と思い出す。そして新たに夢に向かって挑戦する気分を盛り立てる。
これが休暇の効用だと思うんです。ぜひこのGWを使って、自分の夢が何だったかを思い起こして、語っていただけたらと思います。

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NO.212011-05-14 01:49:58 waterlily 0
NO.17に 追記させて下さい。

「本然の生」は、本当にやりたかったことと、イコールではないので、
私の書き方が不適切でした。
本然ということが書かれている著作を読んだことがないので分からないですが、
本当にやりたかったことというのは、本然の一つなのかも知れない、と思います。
いちばん大きな本然なのかも知れません。
本然というのは、脳のさまざまな階層に存在している、というイメージが私にはあります。
もしかしたら、細胞のひとつひとつにもあるのでしょうか?

それと、私は、職場の、責任ある立場の人が、
(些細なことかも知れないけど) 筋を通してくれた ことが嬉しかったのです。
モラルや良識の高い人が、会社で認められて責任ある立場についている、ということは、
会社も、モラルや良識を尊重しているということだから、そのことも嬉しかったです。

話が飛躍しますが、
人が、本当にやりたかったことを実現するために、
あるいは、ただ生きていこうとするだけでも、
時には、モラルに抵触することもあるかも知れません。
ですが、どうしてもそうしなければ無理な場合だけ、
その人にとって どうしても不可能なときだけ、そうするべきで、
出来る限りは、守るべきことを守るのが筋だと私は思います。
それが、社会のすべての人々への礼儀だと思うし、
礼儀を大事にすることは、それを大事に思っている日本人どうしが、
お互いを尊重していると伝え合える、コミュニケーションだと思うからです。

勿論、人々を不幸にする常識は無用と思いますし、
嘘が必要なときは、当然、嘘もつきますし・・・
守るべきことが何なのかは、分からないんですけど・・・。

NO.202011-05-13 21:59:16 orcamie 0
こんばんは。  『本当になりたかったもの』を考えて
連休中は ひどい風邪をひいてしまい
たっぷりと考える時間がありました。

本当にやりたかったのは 職業の名前ではなくて
たぶん私は幸せになりたかったんだろう
と ふと思い当たりました。

今が幸せか不幸かというと おそらく前者だろうと。
自分が幸せになるために どんな職業がいいだろう
そのためにどんな人と近くにいるのがいいのか
そんな風に いろいろな人生の交差点で曲がる角を選んだんだろうと思うのです。

本当にやりたい事が見つかると
どんな困難に会ってもなんとしてもやり遂げたいと思いました。
それが、本当にやりたくはないけど
時として 愛情を抱く人の幸せの為に
何かやり遂げる事が自分の幸せかもしれないと思ったり
それと自分の幸せをどう両立させたらいいか

そしてNo.19のmasamiさんの『時間の構造化』的分類をしてみると
1.ひきこもり 2.儀礼  3.ひまつぶし  
4.活動    5.心理ゲーム 6.親密な交わり
私の場合 一番したいのは4の活動で
自分のやりたい事を実現するという意味で
それを実現しながら同時に6の親密な交わりも実現したい
その為に
ときとして 2の儀礼、3の暇つぶし、5の心理ゲームが必要になる。
必要であるけれど あくまで活動・親密な交わりを中心に生きるために
賢く生きたい。
だけど賢く生きるためには 時として失敗も避けて通れない。
そう考えると、失敗や回り道も自分の人生を生きるという固い決意さえあれば
全て自分の本望へと 必ず繋がる。
たとえ理想とするゴールにたどりつかなくても
そのゴールを向いて生きているということが 結果的にはゴールに到達することなんじゃないだろうか。。。。。そんな風にある種の悟り?の境地に至れリ♡

No19のmasamiさん 「時間の構造化」の考え方の紹介ありがとうございます。
考えを整理できて楽しみました。

NO.192011-05-13 11:30:48 masami 0
本当にやりたかったこと…

子どもの頃は、これになりたい!という職業を思ったことが何回かありました。
その都度、自分ではどうすることもできない事情や、些細なことから断念し、いつしかそういう具体的な願いを持たなくなりました。

そんなことを思い出しながら、ぽかりと思い出したことがありました。

心理学の理論のひとつ、交流分析に“時間の構造化”という感え方があります。
大人になると、自分の人生を有意義に過ごしたいという“時間の構造化”という欲求が出てくるとのこと。
人間は退屈ということに耐えられず(のんびりしている私自身を振り返るとそうかなぁ?と疑問に思うのですが、茂木さんのような方を思い浮かべると、頷ける言葉です)、自分の一生を、次の6つの方法で構造化するというものです。

・引きこもり
・儀礼(あいさつ)
・暇つぶし(雑談)
・活動
・心理的ゲーム(かけひきのようなもの)
・親密な交わり

時間をこのように分ける考え方は私にはとても新鮮で、すぐに、身近な人たちの時間について考えてみました。

皆さんも考えてみると面白いかもしれませんね。

その中に、殆どの時間が“儀礼”ではないかな、と思える人たちがいました。(もちろんこれは、私がそう思っただけで、本当は違うかもしれません)

その瞬間、そんな人生は嫌だな、と思いました。

その頃の私は、自分は、人と心を通わせる、その瞬間のために生きているのではないか、と、思うようになっていました。

「以前は、元気でいろいろと旅行をしたのにねぇ」
という、ため息交じりの言葉を聞けば、
(あー、そうなんだ)
と、その方と同じような深い寂しさに沈み込んでいく、
「とても楽しかったんだ!」
と弾む心が抑えきれない言葉を聞けば
同じように
(楽しかったんだね)
とこちらの心も弾む
そんな瞬間のために、他のすべての時間があるように感じていました。

だから、自分の時間を思い通りにできるなら、できるだけ多くの時間が、“親密な交わり”であって欲しい、と心から思いました。

その後の時間を振り返ってみれば、その時の心からの思いをかなえることに熱心でなかったからか、現実的な思いではなかったからか、難しい願いだったのだな、と感じます。

それでもやはり、以前よりも、もっと少なく限られた時間を、できるだけ“親密な交わり”に使いたい、と今改めて思います。

こんな風に考えていたら、この春から始まった歩みは、“親密な交わり”の時間をできるだけ多く持ちたい、という嘗ての思いに支えられていることに気づきました。

そしてまた、子どもの頃になりたかった職業への思いは、今の歩みと決して無縁ではなかったことに気がつきました。

NO.182011-05-13 09:17:52 yamato 0
No12で投稿させて頂いたyamatoです。

投稿後も「本当にやりたかったこと」について、何度も考えて探しました。
その結果、自分が「本当に」という言葉に引っかかっているのではないかと、
思うように成りました。

私は、「本当に」という言葉を「自信を持って一つを取り出す」と解釈したようです。振り返れば、やりたかったことは沢山あります。しかし私は、それらを選別して一つを選び出す事が出来ないのだと思います。

あの時は、これがやりたかった。この時は、あの事だと思う。
世代や環境の変化で、やりたいことは変わって行きました。
ですから、今までの人生の中で「一つだけ選ぶ」と言うことが出来ていません。

今までにやりたかったことを書き出してみると、沢山出て来ます。
書き出したものを眺めて、「出来なかったことが、こんなに有るのか..」と
改めて驚いた次第です。

書き出した物の多さに驚きながら眺めていると、なんとなく分類があるように見えます。

そこで、考え方を変えてみました。
書き出した「やりたかったこと群」を、何らかの方法で分類し俯瞰できれば、
そこに「本当」が見えて来るのでは無いか?

楽しみが一つ増えました。w

NO.172011-05-13 02:10:59 waterlily 0
今回のお題の前に、第一回の、組織と個人の関係についての投稿NO.29で、
私の属する組織について書きましたが、少し訂正させて下さい。

この度、会社で、乗り越えなければならないかなり大きな変化があり、
やや日常的とは言えない状態が続いています。
でも、大ざっぱな方針だけ決定して、あとはその都度やってみて考える、という
いつものやり方で、なんとかなっていることに、
この組織も、捨てたものではない、と思わされました。
そして、もし、中間管理職の方が、普段以上にお忙しい中、
パートの私達にも説明や心遣いをして下さる、という出来事がなかったら、
私はストレスを溜めたままになっていたことと思います。
気持ちの信頼関係が、いちばん大切だと思いました。

実際の作業の現場は、相変わらずなところもありますが、
それは私自身も同じであり、
人それぞれが やれることを できるだけ 努力していくしかありません。

私の職場もそうですが、世間と同じ時期にゴールデンウイークがない人も多いのか、
本当にやりたかったことを思い出すまでもなく、夢や理想に向けて着実に歩んでいる方が多いのか、
第三回のお題は、意外と投稿が少ないのですね。

私は、お題を聞いてすぐ思い出せることがありましたが、
どう書いていいのか躊躇していると、やっぱり2週間の終わりが来そうになっています。

すごく小さい頃。
母親が、お医者さんは偉い、特に、小さな村や島にお医者さんが必要だ、
と話しているのを聞き、私は何も考えず、じゃあお医者さんになる、と笑顔で言ったけど、
家にあった家庭用医学事典の、眼の病気のイラストを見たとたん、怖くなって、
やっぱりならない・・・、と言いました。

単純に、母親に誉められたいという気持ちからだったのでしょう。

でも、それ以降、小学生になっても中学生になっても、私は、
将来なりたいものを明確に持った記憶がありません。

そして、もう高校生になっていたと思うのですが、ある晩、
自分がどうなったらいちばん幸せか、と静かに思ってみたとき、
童話のような物語の中の登場人物になりたい、と思いました。
心からそう思いました。
童話を書きたいとかではなく、現実ではない場所に生きたかったのだと思います。
(この話はいつかどこかに書いたような気もしますが、どっちだったか忘れました。)

そういう気持ちは、物語の形を変えて、現在の私にもあるようで、具体的に言うなら、
コンサート会場の客席ような異空間に身を置くのが至上の喜びと感じています。

私の夢は、特別な条件も資格も要らないものです。
誰もが、それぞれの夢を見ていける社会であってほしいと思います。

大災害と今も闘っている日本ではあるけれど、
概ね平和で、人権も法的にはいちおう守られています。
でも自殺する人がいる。 失業している人も社会に出られない人も多い。
人々が、自分自身の心の自由や精神の健康を維持しようとしたとき、
最低限の収入が必要であり、
格差社会の実体である人格への差別、障害や病気に対する無意味な偏見は、
なくしていかねばならないと思います。
私が、このメルマガ企画に興味を持つのも、茂木さんの、脳とクオリアの研究が、
社会のあり方に、さらなる真実の光を当て続けて下さると思うからです。

LAMPRIGERAさんの仰った「本然の生」が、
今回の、あなたが本当にやりたかったこと、であるのなら、
私もやはり、自分のそのことを思う時は、
まさに自分の本心によって生きようとしていることに、気づかされます。
すると、自分の能力に劣等感を持って、自己否定することが、少なくなるようです。
周りに どんな優秀な人がいても すごい努力家の人がいても 社交的な人がいても、
あまり、自分を人と比べなくなるし、むやみに妬まなくなります。

世の中や他人の尺度で計ってみることも、自分の尺度で計ることも、進歩するために必要、
一切、何も計らない時間(休む時間)を持つことも必要、
そして、尺度そのものが存在しない領域を心に思い、たいせつに持ち続けることが、
それ以上に力になる、と思いました。

ありがとうございます。

NO.162011-05-11 21:07:51 trasque 0
恥ずかしながら明確な夢を持ったことがありません。

小さい頃、ぼんやりと考えた事としては「いろんな国で一人ずつ友達を作る」といった事があります。
私の祖父は会う度に戦争の話を、戦争の悲惨さを伝えようとしてくれました。
祖父自身も、物書きではありませんでしたが、自身の戦場体験記を執筆し、それを伝えていこうと活動しておりました。そういった事があったからなのか、私も「戦争のない世の中に」とおぼろげながら願うようになりました。

小さい頃の私には「友達ならば争わない」というとてもシンプルな発想があったのだと思います。
だから世界中に、長期間会わずとも分かり合える、そんな友達を作ってみたいと思ったのです。
世界のどこかでいさかいが起こる時、いざ走っていって「友人と友人」を結びつけるような人でありたいと、願ったのだと思います。

現実、私は日本を出たことも無く、日本語以外の言語を扱えません。
子供ながらの「甘い理想像」だとは思いますが、それでも海外の友人を持つ事、外国語を駆使する事は、大きな力になりえるのだなと思っています。

NO.152011-05-10 23:18:05 ryosuke85 0
LAMPRIGERAさん、僕の稚拙な文章の一節を取り上げていただき、ありがとうございます。

結局、多種にわたる正義の味方といわれる存在がやっているのは、悪といわれる存在との実質的な(肉体的な)闘いを続けながらも、彼らのやらんとしていること、言わんとしている事を聞き出しているんですよね。
それを聞きもせずに闘い続け、お互いに消耗しあい、最終的に何にも残らない、なんてことは無いんです。

どんなに道を外している、と思われている存在であっても、その人の言い分があり、それを共有する事はできないまでも、共感することは難しいかもしれないけれど、引き出す事はできると思う訳です。

世の中に60億人も人間がいれば、その中で思うことや感じること、したいこと、言いたい事が統一されるなんておかしいし、有り得るわけがないから、それならば、色々な感情を引き出す、感覚を聞きだすことができたら、どれだけ「楽しいのかな」って思うんです。

だからこそ、やってみたいことであり、やりたいことなんですね。

NO.142011-05-09 19:01:55 orcamie 0
chigusaotsukiさん、私の問いかけにお答えいただきありがとうございます。
自分のイメージがみずみずしい細胞というのがうらやましいです。
私の場合、疲れ果てて干涸びた細胞なんですけど
細胞だと考えたら、朝露一滴でみずみずしさを取り戻せそうです。
細胞になって 世界を考えて見直したら 違う世界に見えてきました。

kapochi333さん、細胞同士の交流のヒントありがとうございます。

>生きてきたという事は、思いを実現してきて今がある
 という事なんじゃないかしら?
 望んだ事も、そうなったら嫌だなぁと内心思った事も

とても私の心に響きました。
好きなことも、嫌いな事も
やって生きて来たという事実こそが、生きて来た証なんだなって
思ったら涙が出てきました。

朝露の一滴だけじゃなくて
ワインの一滴や、命のスープ、ひょっとしたら山の湧き水
氷河の一滴、スコールを浴びて、
私という細胞を活性化させてもっとやりたい事を探そうと思います。

NO.132011-05-09 16:04:27 yuasa40 0
中学1年生の時に始めてもらった英語の教科書の中に世界遺産マチュピチュの写真がありました。一番有名なアングルの写真のやつです。自分はその時に衝撃を受けました。何百年も前に閉ざされた山の頂上で自給自足をしていた人たちがいる。自分の知らないところ、知らない時代に高度な知恵を持って生きていた人たちがいる。その写真を見てから数カ月は英語の授業のたびにマチュピチュの写真を見ながら思いをはせていました。
たぶん自分はこういう遺産や他の文化に(もちろん日本も)人が生活していた様子を想像するのが好きなのだと思います。だから、将来の夢はこうした「人の生きた跡」めぐりをしたいです。ようは海外旅行をしまくるってことですねw

そのためにはいくつか必要な条件がある思いました。
1.お金持ちになること
2.取りたいときに長期休暇をとれること

今大学4年生で就職活動も終え、来年から社会人になります。一応1については実力次第でもらえそうです。でも、2が達成できないので、将来的には会社勤めは途中でやめて自営業をしたいと考えています。

まだ、働いてもいない状態なので、浅はかな考えかもしれませんが、やりたいことを常に意識して叶えたいと思います!

NO.122011-05-09 08:42:19 yamato 0
「本当にやりたかったこと」

何なんでしょうね。

曜日や時間に関係なく、必要な時に働いています。
この時代に、必要とされて忙しく働ける事は、幸せな事だと思っています。

今回のお題を頂いて、自分の引き出しの中を探しました。
本当にやりたかっこと... 本当に...

色んな引き出しを引っ掻き回してみましたが、出て来ません。
どこかに有ると思うのですが...
探し物は、探す時には出て来ないと言いますが、どうやら本当のようです。

私の場合は、まず「どうやって探し出せば良いか」から、
始めなければなりません。

どこかの引き出しに、仕舞い込んだはずなんですが...

NO.112011-05-09 02:57:46 LAMPRIGERA 0
>…相手の言いたい事、やりたい事を引き出す事が出来る存在…(No.4)

僕もそれができたら、と思います。しばしば自分のやりたい事が何であるのかも見失ってしまう中、このような存在がいたら、本当に貴重ですね。まるで託宣のように人のやりたい事を「決めつける」のではなく、「引き出す」というのは、とてつもなく困難なことだと思います。しかし、同時に、他人にしてあげられる最高の貢献のようにも思えます。

連投失礼しました。

NO.102011-05-09 02:42:33 LAMPRIGERA 0
ゴールデンウィーク中、はからずも終電を逃し、一晩を過ごせる場所を探して、歩いたこともない深夜の道をさまよった日がありました。いつの間にか住宅地に入り、ふとその一角の空き地を通りかかった時、僕がなぜ今の分野での研究を始ようと思ったのか、その原点をふと思い出したのです。その空き地が、僕の昔の遊び場所を思い起こさせたのかもしれません。

僕は子供のころから自然の中にいることが好きでしたが、年月が経って、徐々に、自然の中に漫然といる以上のことをしたいと思うようになりました。ただ「いる」だけでは、そう長くは楽しめない自然の中で、一日中、本当に没頭しきって楽しみたい。また、できれば、その結果としてなんらかの意味をなすような知識や知見も提供したい。こんな望みをかなえてくれるアクティビティに出会いたい、というのが研究を始めた原点でした。

僕は自然の中で得られる楽しみを、ただあるいて通りすぎるよりも長く楽しみたい、永遠のものにしたい、それを第一に思っていたんだな、と。思い返せば、原点は子供っぽい、シンプルなところにあったようです。

研究に従事し「現象のとらえ方」を習得していく身となり、今度は逆に、昔のようにシンプルに自然とともにある喜びのみを感じることは困難になりました。しかし、いつかスキルをあたかも手足のように自分のものにした時、再びこの境地に戻れるのではないかと期待しています。

不思議なことに、このことが自分の動機の原点になっていたことを、これまで完全に忘れていました。あまりにも、技術を身につけることばかりを考えていたようです。

やりたかったことを思い出したおかげで、この分野に期待していた、よりシンプルな喜びを思い出すことができました。研究を通して世の中に提供したいものが明確になったか、一つ増えたような気がしています。業績やただの知識ではなく、行為自体の楽しみも提供できればと、いま思っています。

NO.92011-05-08 15:15:01 chigusaotsuki 0
こんにちは。 お声がけを、ありがとうございます。 嬉しかったです。
あの、私は、自分のイメージが、その、ひとつの、みずみずしい、細胞なんです。
細胞には、細胞時間が、流れているそうです。 
そして、細胞時間にそって、自分の内なる世界の中に、外の世界から、クオリアが、飛び込んできます。
有機体を、有機体として、感じることも、有機体ではないものを、あたかも有機体であるかのように、感じることも、生命であるからこそですよね。
例えば、布団があたたかい、のは、私が、私を、あたたかく感じているんですよね。
でも、布団があたたかいの、日本語って、不思議です。
これからも、良いお付き合いを、宜しくお願い致します。

NO.82011-05-08 00:20:12 kapochi333 0
初めまして

私はNo6 chigusaotsuki さんの言っている事
少しわかる気がします。

生きてきたという事は、思いを実現してきて今がある
という事なんじゃないかしら?
望んだ事も、そうなったら嫌だなぁと内心思った事も

細胞がひっつくというのは、
そういう思いが引き寄せあって
という事なんじゃないかと
勝手に思いました。
違ったらごめんなさいね

私自身のやりたかったこと

連休初めにお題をいてからず〜っと
考えていました。

やりたかったこと
仕事や趣味や好きな事全部

本当は、心が快くいたくてやってたんだ
って、今日思いました。

本当はやりたい事のお題なんでしょうが、

やりたいことは心の充足を求めての糸口なんでは
ないかしらと思ったんです。

感動や共感や共鳴や
心が快い感覚

春の息吹を体いっぱい吸い込んで
地球のエネルギーをいただいて
思いました
私が本当にやりたかったこと
私が追い求めてきたことは

快い心で生き抜く事だと

NO.72011-05-07 15:06:23 orcamie 0
こんにちは。皆さまゴールデンウイークをいかがお過ごしでしょうか。
皆さんのやりたかった事を眺め
ゴールデンウイークが過ぎ行くのを眺め
どうしても知りたくて。
No.6のchigusaotsukiさん、初めまして。
細胞同士の交流のコツを是非教えてください。
わかりそうでわからないのです。
私の感想は 貝殻に耳をあてると海の音が聞こえるイメージなんですけど
なんか違うなって。
宜しくお願いします m(--)m

NO.62011-05-06 15:44:25 chigusaotsuki 0
こんにちは。
私の場合、夢は、たえず、自分の内なる世界とは、また別の、外の世界から、やってくるようです。
みずみずしい細胞と、細胞が、ぴたっと、くっついているように、私もまた、外の世界に、ぴたっと、くっつくことがあります。 そして、細胞同士のように、交流しているのです。
その中で、反応した、目新しいものが、私の夢となります。
私は、夢を、きっと、何百回も、かなえていると、思います。
そして、探せば、探すほど、夢は、どんどん、向こうから、やってくるのです。
きっと、私は、やりたいことを、やって、生きているのだと、思いました。

NO.52011-05-06 06:30:04 ItoToshihiro 0
僕が本当にやりたいこと

おこがましいですが、脳科学の研究がしたいです。お金も名誉も要らないです。最低限の生活が出来れば十分だと思っています。今まで、左脳しか働かずに、ずっと体調不良と闘いながら、苦労が多い人生でした。もう死んでもいいやと思ってから、自分で自分の歯を毎日毎日削るようになって(歯科医から咬合紙を譲り受けて本格的に…)2年経過し、さらに、ある女優さんが”演じる役柄”と、”ニュートラルな状態”とのギャップが理解できなくて、「なぜだろう?どうしてだろう?」と理解しようとしました。TVのコメントを思い出したり、Home Pageのクイズに対するコメントなどをいろいろ理解しょうとしました。昨年のXmas前日に、今度こそ100%クイズに当るはずと思っていたのに、完全にはずされました…。僕はパソコンの画面の前で、完全にあっけに取られて、口をポカーンと開け続け、今までのコメントなどを思い出して考えていました。7~8時間経過した頃に、自分の右脳に血液がどんどん流れだすのを感じました。それと同時に、「ああ、右脳なんだ!」と理解でき、その状態で3日間、考え続けて、今まで理解できなかったことがわかるようになりました。ものすごい衝撃でした。ニュートラルの状態で、その状態にするためには、まだまだ歯を削らなければいけませんでしたが、一度、その感覚を味わうと、何度でもその状態を起こせるようになりましたが、その度に意識がどんどん変化していきました。今までの人生は全てが夢だったんだという感覚にもなりました。まだ歯を削っていますが、ほぼ通常の状態がその状態に安定してきました。そのような体験や効果を、論文にまとめておきたいです。世界中の誰もが幸せになることが出来る…。何歳になっても、その気になれば…。どうすれば、その状態を起こす事が出来るのか、紹介したいです。そして、歯科の矯正、麻酔科のペインクリニック、教育、医療(パーキンソン病やちくのう、痴呆など)にも分野を広げて、実際にその効果が他の人にも効果するのかも、…困難を伴うでしょうが、やってみたいです。

NO.42011-05-05 18:46:17 ryosuke85 0
自分が本当にやりたかったこと。

小さい頃、正義の味方になりたくて、ウルトラマンになりたかったのです。
仮面ライダーにもなりたかったのです。
周りの皆は消防署員や警察官など、やっぱり“正義の味方”になりたい人が多かった。

しかし僕の夢は、ある日、、実在しないものだと現実を突きつけられ、絶望感に打ちひしがれました。
けれど、僕の中にある“正義の味方”になりたいという気持ちは燃え続けていました。

ただ、自分の中に疑問も生まれました。
正義の味方は誰の味方で、誰のために戦うんだろう、と。
弱きを助けるのが正義の味方ですが、勧善懲悪なんておかしい。
悪なんてものがあるのだろうか?
悪だと扱われている存在も、結局は、自分の意見を貫こうとして、ただ飛び出してしまっただけなのでは?

アメリカのスーパーマンも「アメリカの手先だと思われたくない」という意見を表明しました。
つまり、アメリカという大きな存在のために自分の身体を張って闘うのではないと。

今回、少し出来た時間の中で改めて正義の味方になりたいと思えたのですが、ハッキリとイメージがわきました。
僕の中の正義の味方とは、相手の言いたい事、やりたい事を引き出す事が出来る存在なのであると。
何だか、前回同様、恥かしい文章となりましたが、これで御願いします。

NO.32011-05-05 16:33:34 orcamie 0
 こんにちは。今回は「わたしが本当にやりたかった事」ですね。ある意味で話すのは辛い面もあるかな。私は高校時代のアメリカに行く機会を得て断然英語を話す生活を一生続けたいと思いました。その時点で具体的な職業は通訳かキャビンアテンダントでした。

大学時代は専攻は仏文で授業が終わるとバイトと英語の通訳学校とフランス語の専門学校に通い3カ国語以上を話せるようになりたいと考えていました。

本当はポルトガル語を勉強したかったのですが、親の猛反対で、フランス語に変更しました。私がブラジルに行くのが賛成できないというのが彼らの意見でした。この時点で自分の希望を叶えるために親を説得できないのは一つの私の能力の無さだったなと後悔しています。

色々な紆余曲折を経て通訳の仕事をアシスタントですが2、3年する事ができてその時間というのは私にとっては宝石のような時間でした。この時間を得るために私は生きて来たという時間でした。

が、同時に通訳というのは私が考えていたものとはかなり違いました。まず雇い主の意向に添った通訳をするという事です。当たり前の事ですが仕事の中で通訳している外国の方の為に通訳しているわけではないということを肝に銘じないといけない場合がありました。

今思うと、公私混同を極めようとしていたんだなということ。
私がなぜこれほどまでに英語にこだわるのか自分でも不思議でした。
日本語より英語の方が自分の考えを素直に表現できるような気がしています。
そして自国語でありながら、自分の気持ちをなかなか言葉にできない日本語を
いかに上手く使いこなすかが近頃の私の一つの課題になりつつあります。

私の本当にやりたかったこと。「英語で暮らす事」どこでという具体的な場所が未だに決まっていないので日本にいながら、ある程度実現しています。時として、本当にやりたい事を探す事や決める事は とても難しい。今は「英語と日本語で暮らす」が私のしたい事。また叶うなら大学でもう一度勉強したい。
探してみるとまだまだあったなって。。。(^o^)

NO.22011-05-03 09:38:32 YOtomo 0
 小さい頃の夢・・・、空を飛ぶことが多かった。時には、空を歩くこともあった。
 中学に入りたての頃、将来の夢について作文をした。「パイロットになって、大空を自由に飛びたい」なんて書いていた記憶がある。すでに近眼で、メガネをかけていたにもかかわらず・・・。
 なぜ、「近眼だとパイロットになれない」と知ったのか、もう思い出せない。きっと誰かと話をしている時に、そう聞いた。その頃からか、そんな夢について語ることはなかった。
 それでも、パイロットが心の中にひっかかっていた。
 大学時代、麻雀がべらぼうに強い人間がいた。彼と雀卓を囲んだ時には、いつも誘われるように振り込んでいた。就職活動の頃、彼がパイロットとして採用された、と聞いた。その時、「あぁ、僕には才能がないのだ」と妙に納得した。(ちなみに彼は親子二代でパイロット)
 そして、今、まれに夢を見る。ロケットの操縦席にひとり僕が乗っている。そして、発射と同時に、操縦席のはるか後方にメガネがフッ飛び、そのまま白い世界に吸い込まれていく夢を。

 ご清聴ありがとうございました。

NO.12011-05-03 09:13:22 aiaoki19780414aloha 0
私の小さい時の夢はお金持ちになることが漠然とありました。物質的なことが1番大事だと物心ついた頃から思ってました。今思うとかわいくない子供でしたね。
 
もうひとつの夢は外国にすごく憧れていたので、アメリカ映画やフランス映画に出てくるような大きくて、海が近くて、きれいな家に住むことが夢でした。場所は海外が良かったですね。小学生からは、本気で将来は外国人と結婚して海外に住みたいと考えるようになってました。聴く音楽も観る映画も好きな俳優とかも、アメリカやフランスのものでした。

それからは、アメリカ、アジア、ヨーロッパなど色々旅をして、色々な(といっても1部分の場所の1部の人間ですが。。)人々と出会って、会話して、色んな文化や生活、国民性などに触れるうちに徐々に気持ちに変化があらわれました。
それは、私が日本人で、日本が、日本人の事が大好きだということです。海外から日本を眺めてみて改めて気付いた日本の良さや、色んな外国、外国人と比べてみての日本人の本質だったりがやっと受け入れることが出来て、理解できるようになったのです。
その理由として大きいのはこの間の東日本大震災が影響してます。あの時テレビで観た被災者の方たちの苛々せず落ち着いて、あわてず割り込まず列に並んで、配給をもらうと必ずお礼を言ってほほ笑む姿に感動しました。常に相手のことを考え、相手の立場になって対応していると感じました。目が覚めた感じでした。ああ、私は日本のことを日本人のことを本当に何も知らないんだと思いました。
私自身、ずっと外国・海外に憧れ続けて身近な日本を知ろうという気持ちがなく、良さを観ようともしてませんでした。今になってやっと原点に返った気がします。


なので今の夢は、日本の自然が多いところに住んで自然と共存しながら生きて行きたいです。家族とゆっくり時間を過ごしながら、出来る限り自給自足の暮らしをして、しなければならないことを出来る限り減らして、当たり前の日常に感謝してそんな日常を大切に一日いちにちを過ごして行きたいです。


今回のお題が「あなたが本当にやりたかったことは何ですか?」だったのですが、私はまだ夢の途中なので今の夢を書かせていただきました。この夢が実現するよう精進します!!!